思春期の頃、世の中にこういう問題があるのだと知り、かなりやさぐれました。その赤ん坊のことはどう考えればいいんだ? 大人はなにも答えません。こんな重大な問題をうやむやにしたまま見て見ぬふりでやり過ごす。それが大人になるということなのだと学び、いっそうやさぐれました。絶対に大人になんかならないぞと悪あがきしました。中絶は仕方がないこと?中絶は女性の権利?子どもは絶対に理解できません。子どもにちゃんと説明のつかないことがまかりとおる社会は健全ではありません。

漠然と社会を変えたいという思いから広告クリエイティブの仕事につきました。その後、「社会を変えよう」と声を出しながら環境問題などに取り組むようになりました。しかし自分はいいコトしてるんだと思い上がるのは簡単でしたが、長くそれなりに活動は継続したものの、このままでは「何も変わらない」という諦めがつねにありました。もちろん森林再生や安全な食の自給あるいは脱原発は必要だと思います。しかし脱原発デモで「子どものいのちを守ろう」と叫んでいるひとが中絶を容認していたら、それは木を見て森を見ない態度と言わざるをえません。

「史上最大で史上最高にハッピーなデモ行進」のことを知ったのは、ふとした偶然からでした。2012年1月22日、仕事でニューヨークを訪れていた僕は、空き時間を利用してたまたま聖パトリック大聖堂に立ち寄りました。ちょうどミサが始まるところでした。日曜日とはいえ、すごい数の群集とただならぬ熱気が大聖堂を埋め尽くしていました。
笑顔がチャーミングな大司教が突然、説教台からシャウトを始めます。SAVE THE BABY !! 迫真の説教のなかで、その日1月22日がアメリカで中絶が合法になった“記念日”であることを初めて知りました。帰国後、1月22日を手がかりに興味をもって調べるうちに目からウロコな事実にたくさん出会うことになりました。

毎年、1月22日の“記念日”にワシントンDCで行われるデモがMarch for Life(マーチフォーライフ)です。March for Lifeと言われてもアメリカ人だって知らないひとが多いでしょう。真冬の平日に毎年50万人が参加するという間違いなく史上最大規模のデモなのに、しかも若いひとがたくさん集まるというのに、なぜかマスコミは無視するか事実を歪曲します。それで尚さら興味が湧き、これはこの目で確かめるしかないと思い至り、今年1月、DCに飛びました。

やさぐれた思春期以来、こんなにも希望に満ちた光景に出会うのは初めてでした。世界が変わりました。そして、ここから世界が変わると確信しました。興味は喜びに変わりました。気がつけばハッピーの渦のなかにいました。もはや誰も、やさぐれている必要はありません。ここに来て声をあげるのです。傷を負っていたひとも笑顔で前を向きます。いのちを守ろう! 一点の曇りもないその思いから、世界は変わるでしょう。政治が、経済が、そして表現の可能性が変わるでしょう。

正義感があるのかもしれません。愛を信じているのかもしれません。でも、なんでいのちの問題に取り組むの?と聞かれれば、答えはこのひとことで十分です。楽しいから! 赤ちゃんとお母さんを助けようよと呼びかければ、子どもだって喜んで立ち上がるでしょう。さあ、日本もともにマーチフォーライフ!

2014年4月

Prolife.jp代表 池田正昭