いま、多くの識者たちが盛んに地域再生の必要を唱えます。国に振り回されず、地域の資源を生かし、地域の中で富を還流させ、地域で自給自立できる社会モデルが志向されています。「里山資本主義」とも呼ばれるそうした考え方が今後ますます重要な取組みになるのは言うまでもありませんが、しかし、そもそも子どもがいなければ、地域に未来はありません。少子社会のインパクトは、国のレベルではなく地域のレベルで考えたとき初めてリアルになります。


中絶はたんに個人のモラルの問題ではありません。地域にとってまさに死活問題です。エネルギーや食糧に関する自給自立の目処が立ってきたとしても、ここに目が向けられなければ、地域に未来はありません。ひとつの中絶が地域にどれだけのダメージをもたらすか、少しでも想像を働かせるべきです。しかし同時に、国ではなく地域においては、中絶は解決可能な社会問題ではないかと思えます。国の悪法から人々を守る役割を地域は担えるでしょう。子どもは地域の宝であるという当たり前の認識から、真のコミュニティの再生に向かうことができるでしょう。


予期しない妊娠に直面した女性が最悪の選択に追い込まれることがないよう、地域が女性と子どものいのちを守る役目を担います。周囲の人々の協力によって、放っておいたら中絶するしかなかった事態がひとつ回避されるたびに、地域は希望の光を灯します。いのちの希望の光こそ、地域活性の証しです。


ひとつのいのちはみんながまもる。その姿勢が地域に浸透するとき、どんな状況であっても女性は中絶が選択肢にならないことに気づくでしょう。産む決心をするときも、子育てに際しても、養子縁組を選ぶときも、ひとりの女性に対して笑顔で周囲のサポートがある地域。それが「創造的福祉社会」の中心をなすべき姿です。顔のみえる関係の中で、人間本来の感覚を取り戻すことができれば、それは決して無理な相談ではないでしょう。予期せぬ妊娠に戸惑う女性のための相談窓口の設置を始め、子どもとお母さんのいのちを支える制度や仕組みを地方行政の中で様々に拡充していくことが可能でしょうし、人間の尊厳は産まれる前から守られるべきであることを条例をもって定めることもできるでしょう。


「中絶なくそう」は、未来に希望をつなぐ地域の合言葉。いのちはひとつのこらず、いちばん“もったいない”大事な資源です。ひとつのいのちの宿りを、みんなが心から「おめでとう!」と喜び合える地域社会を取り戻しましょう。