人のいのちは、いつ始まるんですか?

精子が卵子に進入し受精が始まったその瞬間が生命の誕生です。受精した瞬間のヒトの受精卵が、すでに人の生命です。それが科学の真理です。子どものほうが親を選んで空からお腹にやって来ると信じる新興宗教がブームですが、ひとつの生命には始まりと終わりがあるという厳粛な事実を忘れることはできません。精子や卵子も生命であると言うのが間違いなら、着床する前の受精卵は生命ではないと言うのも間違いです。受精卵と成人とは、発達段階に違いがあるだけで、生命の質に違いはありません。どちらも同じ人間です。もし受精卵が人間でないならば、成人も人間ではありません。見た目や能力の違いは関係ありません。それを中絶と呼ぼうと殺人と呼ぼうと、いのちを強制的に終わらせるという行為に、産前の胎児と成人の違いはありません。


ピルは避妊薬じゃないんですか?

RU486、いわゆる“モーニングアフターピル”はまさしく経口中絶薬ですが、受精卵の着床を妨げる中絶機能は、RU486だけではなく、一般的に避妊薬とされる低容量ピルにも備わっています。精子の卵子への進入を妨げる第一の作用に失敗した場合には、すかさず第二の“追撃”を開始する恐るべきマルチ機能を発揮するのが今日のピルです。ピルが身近になった世の中では、中絶は絶対にしたくないと思っている人でも、知らぬ間に中絶している可能性があるということです。それだけ中絶は誰にも起こりうる「あたりまえ」のことです。決心して手術を受けた人だけの問題ではないのです。


避妊と中絶は違うものじゃないんですか?

「避妊をするのは中絶をしないため」という個人の心がけをよそに、「避妊するほど中絶が増える」というのが“業界”のロジックです。アメリカ最大手の中絶クリニックチェーンPlanned Parenthoodは、ピルを推奨しコンドームを無料配布することをマーケティング戦略の中核に据えています。一見、中絶を防ぐことが目的のようですが、コンドームをまけばまくほど実際は中絶が増えるという方程式を企業として心得ています。避妊のプロモートが“中絶産業”の成長のカギです。それを裏づけるようにアメリカの調査によれば、中絶を経験した人の54%が、妊娠が発覚した直近の一ヶ月前に避妊をしていたと答えています。すなわち、中絶する原因の多くが「避妊の失敗」によるものなのです。避妊を求める心がけの先に、中絶の落とし穴が待っています。


十代は出産しないほうがいいんじゃないですか?

十代での出産は身体に危険であるかのような風評が世間で広まっていますが、中絶を普及するための根拠のないキャンペーンの効果であるように思えます。インドの信頼できる医療機関の調査研究によれば、21歳までに出産経験がなければ乳がんの発生率が数倍高くなるという報告があります。十代で産むことはリスクであるどころか、なんと十代で産まないことのほうがリスクになるという話です。まして中絶することはさらなるリスクです。乳がんの発生率でいえば、中絶経験はそれを何倍、何十倍にも大きくするという調査結果が世界各国で報告されています。聖母マリアがイエスを身ごもったのは14歳でしたが、どうやら安産でした。少なくとも14歳の出産は、41歳の出産より容易です。基本的に、中絶しなければ守られない母体の健康上の問題というものはありません。妊娠した母体にとっていちばん安全な選択肢は、出産をすることです。女の子が直面する大きな危機は他にあります。途上国や中国だけでなく、アメリカや韓国でも性別中絶が横行しています。「女の子だから学校に行けない」ことは問題ですが、「女の子だから中絶される」ことのほうがもっと深刻な問題です。


中絶が違法になると、危険な中絶が増えるんじゃないですか?

1960年代に“中絶王”の異名をとったバーナード・ナタンソン博士は、アメリカの中絶合法化にもっとも貢献した大立て者でしたが、なんと後に180度転向し、プロライフ運動の先頭に立って中絶は違法であると訴えました。ナタンソン博士の回顧によれば、中絶が合法化される1973年以前のアメリカで中絶手術の失敗が原因で死亡した女性の数は一年に300件弱でしたが、中絶合法化キャンペーンを有利にすすめるためにその数を5000と偽ってメディアにリリースしたところ、メディアは喜んでその数字に飛びつきました。現在、中絶支持者のあいだでは、中絶が合法になる以前は一年に1万人の女性が違法中絶によって死亡したことになっています。まことしやかな都市伝説です。中絶が合法になった今も、中絶が原因で亡くなる女性は後を絶ちません。“合法で安全な中絶”というスローガンは神話にすぎません。そして合法で衛生的な中絶だからといって、乳がんを始め、後の不妊や流産や子宮外妊娠などの発生リスクを軽減することはできません。


中絶が合法なら、女性は負い目がなくていいんじゃないですか?

アメリカの調査では、中絶経験者の72%が、もし違法だったら中絶はしていなかったと答えています。そう答える人たちは、少なからず中絶したことを後悔していると考えることができるでしょう。合法中絶が多くの女性を苦しめます。良心があるからこそ、自分を責めつづけます。いのちの重さが分かるからこそ、うちひしがれます。アメリカでは「中絶後症候群」に対する研究および対策がすすんでおり、教会を中心にしたヒーリングプログラムの実践により傷ついた女性の多くが救われています。以前よりも明るい笑顔を取り戻した人はたくさんいます。一方、教会のような心の拠り所を持たない日本では、女性をケアする場が社会に新たにつくられなければなりません。もっとも身近で、もっとも深刻な女性問題が中絶であることを、まず社会が認識できなければなりません。


中絶後のダメージは、癒しようがないんじゃないですか?

中絶を経験した女性は、この罪は一人で一生抱えつづけなければならないと思いつめるのが常ですが、一人で解決できる問題ではありません。自分の体験について書き、話し、分かち合う場を持つことができれば、いつまでも心の傷に悩まされることはなくなるでしょう。罪はゆるされると実感できるでしょう。アメリカでは、「中絶なくそう」と訴えるプロライフの活動に多くの中絶経験者が参加しています。「中絶は権利だ」と訴えるプロチョイスの活動も中絶経験者を多く抱えますが、数のうえでは、プロライフに転じる中絶経験者がはるかにそれを上回ります。「中絶なくそう」の訴えは、中絶経験者にとって何よりの“つぐない”になるでしょう。また先に述べたように、子宮頸管に人工的な負荷をかけたり、ホルモンの分泌異常をもたらす中絶の経験は、“自然体”を妨げる負の連鎖を引き起こし、女性としての身体に無視できない後遺症を残します。しかし、きっかけさえあれば、人は変われます。身体の中から“浄化”することが可能です。適切なデトックスの実践によって、心の回復とともに本来の自然体の自分を取り戻します。自然にいのちを宿し、自然に産める身体に整えます。